COLUMN特集

2018.03.07バイク産業 バイクのふるさと浜松の魅力 ー「アウトライダー」編集長 菅生さんー

「自分なんかには無理だと諦めず、『やらまいか』と前へ向かっていく。
 浜松へ来るたび、遠州のそんな精神性にいつも元気をもらうんです」​



<浜松ものづくり力探訪>第3弾。

道、風景、自然、食文化、地元の方とのふれあい......。
30 年以上 にわたって全国各地をツーリング取材している『アウトライダー』編集長の菅生雅文さんに、「バイクのふるさと浜松」の魅力についてお話を伺いました。

SOU:菅生さんのお仕事について教えていただけますか?

「旅とバイクとアウトドア」をテーマにした、1986 年に創刊したツーリングマガジン『アウトライダー』の制作を主な業務にしています。創刊当時はまだ学生アルバイトだったのですが、大学卒業後は正式採用され、副編集長を務めた後に出版社から独立。2003 年からは編集プロダクションを立ち上げ、そこから『アウトライダー』の編集長として今に至るという流れです。
編集長とは言っても編集プロダクションの代表でもありますから、他のバイク雑誌や一般誌から依頼を受けて寄稿したり、別のジャンルの出版物を手掛けたりもしますが、基本は『アウトライダー』の編集者。この仕事が好きで好きで、もう30年以上も続けているわけです。


浜名湖にかかる中之島大橋を快走。広々とした湖の風景に心が躍る

SOU:ツーリングの楽しさとは何ですか?

まずはバイクですよね。バイクそのものが楽しい。そのスピード感、機動力、うまく操縦できたときの達成感。乗って楽しいだけじゃなく、眺めていても美しいと思えるし、メンテナンスやカスタムなど、触る楽しさもある。ツーリングは、この極めて魅力的 な乗り物で出かけるというところに喜びがあります。

SOU:ご当地グルメなどの食文化にも触れられる?

もちろん、それも楽しみです。その土地ならではの、今まで食べたこともなかったご当地グルメとの出会い。各地の食文化を知ることができるのは、貴重な経験です。けれども、それはバイクじゃなくても、クルマや鉄道で出かけても得ることができる喜びですよね。バイクだからこその魅力とは、ちょっと違う。バイクの場合は、暑さ、寒さや、雨だとか、けっこう過酷な環境に身を置くものですから、寒風を割いて走り切った先の一杯のラーメンが、むちゃくちゃおいしかったりするんです。それがたとえごく普通のラーメンだったとしても、救われた気持ちになる。温泉も同じで、走り疲れてクタクタになったときや、冷たい雨に降られ続けたときなど、生き返るような気持ちになります。ツーリングの時って、そういうちょっとしたことにも五感すべてが敏感に反応するから、生きている実感があるというか。 


 バイクはスズキのVストローム250。長旅でも快適なアドベンチャーモデルだ

SOU:やっぱり、雨はつらいですか?

晴天に勝るものはありません(笑)。でも、雨が降らなきゃ作物も育たないし、森も、野に咲く花も困るわけで。降られたら、これも自然と、潔く諦める。山の中、カッパを着て走っているときなんかは、「シカやタヌキも濡れて困ってるんだろうな」などと考え、自分も今は自然の中にいるんだと、この風景の一部なんだと想像すればいい。いずれ雨は止みますから。運が良ければ虹も見られますから。まあ、降られないのが一番ですけどね(笑)。


Vストローム250なら、ちょっとしたダートであれば難なく走破できる

SOU:日本全国をツーリング取材してきた菅生さんですが、浜松の印象はどうですか?

砂浜として日本一の長さを誇る遠州灘や、レイクサイドからの眺めが美しい浜名湖など、浜松は大都市にもかかわらず自然に恵まれています。広々としていて、どことなく解放感がありますよね。ツーリングしていて、都市部の便利さと自然の豊かさを両方とも満喫できる場所というのは、それほど多くないと思います。また、東海道のほぼ中心にあって、交通の便もいい。東名高速や国道 1 号線が通り、東京からも大阪からも、ほぼ同じぐらいの距離にあります。2016年の夏、全国の読者に呼びかけて「キャンプ・ミーティング」を開催しようということになったのですが、開催地に選んだのは浜松でした。全国のライダーを一堂に集めようとしたら、やっぱり中心に位置する浜松が最適でしょう。開催場所となった浜名湖のほとりの渚園キャンプ場には、北は岩手県、南は大分県から総勢300名のツーリングライダーが集まり、大いに親交を深めることができました。広大で開放的なサイトは、とても素晴らしかったです。さらにはライダーのイベントですから、バイクに深く関係する土地で開催したかった、というのもあります。


浜松市西区舞阪町には旧東海道が残る。約700mにわたって大小370本の松並木が続く


2016 年に開催したアウトライダーのキャンプミーティング。全国からライダーが集まった

SOU:浜松が、日本におけるバイクのふるさとだからでしょうか?

その通りです。戦後、日本国内には200社以上ものバイクメーカーが誕生したと聞いていますが、現在まで残っているのがホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの4社。この、世界シェアを席巻している日本のバイクメーカー4社のうち、ホンダとヤマハとス ズキの3社が、浜松を中心とした地域に深くかかわっ ています。
ホンダ創業者の本田宗一郎氏は現在の浜松市天竜区に生まれ、昭和21年、市内の山下町に本田技術研究所を設立。磐田市に本社があるヤマハ発動機は、その母体だった日本楽器製造の創業地が浜松です。今回、僕が乗ってきたバイクはスズキのVストローム250ですが、スズキのルーツである鈴木式織機製作所が創業したのも、現在の浜松市中区。つまり、日本のバイク産業を築き上げ、ここまで成長させたのが、浜松という地域だったわけですよね。だから、全国のライダーを一カ所に呼び寄せて「キャンプミーティング」を開催する際は、みんなが愛してやまないバイクの、その生誕地である浜松は適地だと、そう考えたんです。

SOU:今回、インタビューの場所をスズキの企業ミュージアムである「スズキ歴史館」にご指定されたのは、どういう理由からですか?

僕にとって、浜松に来る楽しみのひとつが、ここの見学だからです。スズキというメーカーが、この地でどんな製品を、どんな想いで作り続けてきたか、時系列に沿って学ぶことができます。創業者の鈴木道雄氏は、大工から身を起こして鈴木式織機製作所を立ち上げ、木工の技で木製織機を作ります。これは浜松がもともと繊維の街だったからでしょう、商売はうまく行き、のちに精密な金属製自動織機を作るころにはずいぶんと技術力も向上、自動車産業への進出を目標に掲げます。
......って、言葉にするのは簡単ですけど、実際にやるのはとんでもなく大変ですよ。戦後の、物も満足に揃わないような、そんな時代にです。鈴木道雄氏は生涯で100以上も特許や実用新案を取得した発明家ですが、大工さんが自動車を作ろうと真剣に考え、 努力を重ね、スズキはやがてバイクや自動車を生産販売する世界企業になるわけです。こんな壮大なドラマ、そう多くはないと僕は思うんですよね。その歴史ドラマを、実際の製品を通じて知ることができる。だから僕は浜松に来るとき、よく「スズキ歴史館」を訪ねるんです。それに、来るたびに元気になれますから。


昭和 20 年代、浜松市内の多くのバイクメーカーが試走車のテストに使った六間道路


スズキのルーツは織機メーカー。織物業の盛ん な浜松には欠かせない企業だった


 今回のインタビューは菅生さんがファンだという「スズキ歴史館」で行われた


 スズキ歴史館にはバイク、クルマともに歴代の名車がずらりと展示されている


SOU:「元気になれる」とは?

実は、僕が初めて手に入れた中型バイクとクルマって、スズキ車なんです。中型バイクはスズキGSX400E。 クルマはスズキ・フロンテクーペ。どっちも中古でしたけど、ずいぶん深くつきあいました。その車両がここにはピカピカの状態で展示されているんです。もう、再会するたびに胸が熱くなります。当時を振り返って感慨にふけったり、忘れていた何かを思い出したり。ファーストバイク、ファーストカーですから、その存在は大きいです。
ホンダもヤマハもカワサキも、それぞれ企業ミュージアムを持っていて、どこも展示内容は素晴らしいのですが、スズキ歴史館は僕にとって特別なんですね。自分が若かったころの相棒を前にすると、やっぱりこみ上げるものがあります。

さらにもうひとつの、元気の素。それは、遠州の人々の「やらまいか」精神です。「やらまいか」って、遠州言葉で「やってやろうじゃないか」という意味なんですよね? これが遠州人の性格的特徴だと聞いています。あきらめず、前へ進む。だから大工さんだった鈴木道雄氏も、自動車修理工場の丁稚だった本田宗一郎氏も、世界的メーカーを作り上げることができた。鈴木道雄氏の口 ぐせは、「頑張ればできるもんだ」だったそうです。これ、まさに「やらまいか」ですよね。スズキ歴史館の館内には歴代の車両以外に無数のパネルも展示されていますが、その中の一枚に、生産現場の労働者でしょう、当時の若者たちが写っているものがあります。服は粗末だし、少々汚れてもいる。でも、どの顔もやる気に満ちている。明日を見ている。ああ、こういう人たちが、この国を作ってきたんだなって......。浜松に来るたび、感化されるんです。不景気だとか、少子化、高齢化だなんて愚痴を言っても始まらない。やっぱり「やらまいか」精神で前へ進んでいかなくちゃ、と。 バイクと一緒ですよね。バイクも、風に立ち向かって 前へ進むんです。後ろへ進むようにも、できていませんしね。

SOU:ぜひまた浜松に来てください。ありがとうご ざいました。


2サイクル3気筒360ccエンジンのフロンテクーペ。1971年製を中古で買ったとか


1971年製のGT750は、スズキ初の「ナナハン」。当時の若者の多くを魅了した


当時の労働者たちの写真。どの顔もやる気に満ちている。


ライダーの熱い思いと、この国の素晴らしさをアピールしていきたいと語る菅生さん



<本記事は2018年1月30日に取材しました>
取材協力:スズキ歴史館
所在地/静岡県浜松市南区増楽町1301 電話/053-440-2020
開館時間/9:00~16:30(予約制) 休館日/月曜日、年末年始、夏季休暇等
入館料/無料
HP/https://www.suzuki-rekishikan.jp

 

ツーリングマガジン「アウトライダー」編集長 菅生雅文 1963年、岩手県盛岡市生まれ。ツーリングマガジン『アウトライダー』の編集長を務めながら、 他のバイク誌、旅行誌、教育機関誌などにも寄稿。 著書にアウトドアツーリング紀行『気づけば風が吹いている』、『オートバイの旅』シリーズ(共著)がある。編集プロダクションCAP代表。日本文芸家協会会員、日本ペンクラブ環境委員。