COLUMN特集

2020.04.16繊維産業 遠州産地を盛り上げる『ひよこのかい』



遠州の繊維産業に携わる
2030代の熱い若手が集まり
遠州産地を盛り上げる『ひよこのかい』


豊かな水源と温暖な気候に恵まれた遠州地域は、泉州(大阪)、三河(愛知)と並ぶ日本三大綿織物産地として栄え、楽器・オートバイと並ぶ遠州の基幹産業を担ってきました。個性豊かな織物を作る機屋をはじめ、それを支える準備工程、生地の表情を一変させる染色整理加工など、生地ができあがるまでの各工程に高い技術力を持つ企業が集まっています。
しかし、人件費の安い海外に生産拠点を移す企業が増えたり、職人の高齢化や後継者不足により、産地としての機能を維持することが年々難しくなりつつあります。そんな状況に危機感を抱いた遠州産地の若手が集まったのが「ひよこのかい」です。さまざまなバックグラウンドを持ったメンバーが、会社や業種の枠を越えて遠州織物の普及活動に楽しく取り組んでいます。


会社や職種の垣根を越えて交流し合い、
生地の販売会や勉強会を開催

SOU:「ひよこのかい」とは、どのような組織なのですか?

ひよこのかい:繊維の製造に携わる若手が集まって交流し、情報交換しながら、遠州産地の繊維産業の活性化に貢献することを目的に、2018年9月から活動を始めました。会のメンバーは30代まで限定で、現在17名です。同じ繊維に関する会社でも、織布、染色、糸、産元など職種はさまざまで、経歴もバラエティに富んでいます。発足したきかっけは、東京の専門学校からIターンで浜松の織布会社に就職した浜田美希さんが、「遠州にこれだけ多様な織物があるのだから、それをアピールするためのネットワークが作れないかなぁ」と数人の同業者に声をかけたのがはじまり。バラエティに富むメンバーが遠州産地の中で楽しみながら活動をしています。「ひよこのかい」というネーミングは、50代が若手と言われる繊維業界でまだまだ遠州織物の知識も技術も経験も未熟な、よちよち歩きのひよこに由来しています。


ひよこのかいの産地活性化プロジェクト「053 Textile Design」のロゴ


ひよこのかいメンバー(一部)


SOU:どのような活動をしていますか?

ひよこのかい:遠州産地は、昔から業態ごとの分業制がとても強い地域です。別業態との交流はもちろん、同じ業態同士でもほとんど交流がありませんでした。歴史が長い産業にありがちな、閉鎖的な社会といえるかもしれません。1つの業態に詳しくなることは確かに素晴らしいのですが、もっと視野を広げると、また新しい発見があるのではないかと思い、横のつながりを持つべきだと思いました。
発足から1年経ちましたが、これまでに生地の販売会、シャツのセミオーダー販売会、毎月1回程度の勉強会を行ってきました。織物の世界はBtoBが基本ですから、私たち作り手が消費者の方に直接生地を販売することはほとんどありません。ですから、販売会でいろいろな世代の方とお話しするのはとても楽しいですね。ただ売るだけでは、どのように生地が完成するのか理解してもらえないと思うので、実際にいくつかの工程を体験してもらうワークショップを開いたこともあります。
勉強会では、メンバー同士の会社を見学し合って、その道のレジェンドからお話を聞きます。織物は(たて)糸と(よこ)糸しかないのに無限の可能性があって、聞けば聞くほど奥が深くて、ものづくりの素晴らしさを実感します。


「053 Textile Design」としてイベント出店


遠州の多様な生地を販売し、その多様性をPR
 

家業を離れてみて初めて気づく遠州織物の技術力の高さ

SOU:遠州の織物業界の現状をどう見ていますか?
 
ひよこのかい:繊維業界全体が生産拠点を海外に移したり、国内不況などさまざまな環境の変化に巻き込まれて厳しい状況にあります。ここ遠州産地においても、技術力のある機屋さんや染工場が惜しまれながら姿を消していきました。それでも、私たちは「ピンチはチャンス」だと思っています。こんな逆境だからこそ、若いみんなでアイデアを出し合えば、何かが生まれると信じています。そんな話を大先輩たちにすると、「自分たちの時代は組合の中でしか交流がなかったから、新しいことをやりたくてもできなかった。君たちが羨ましいよ」と言われました。
繊維の景気低迷が続く中、織物業界の経営者は子どもに跡を継がせたがらないんです。全く別業界に就職させるケースが多いですね。ところが面白いことに、そんな二代目、三代目が数年後に大手企業を辞めて、自ら家業を継ぐケースが増えているのです。離れてみて初めて「遠州織物っていいじゃん! ウチの親父ってすごい技術者じゃん!」と気づく。そうなると、父親も刺激を受けて、以前よりハツラツと仕事をするようになるそうです。
「ひよこのかい」のメンバーは、家業の後継者と一般社員の割合が半々です。例えば長岐紗帆さんは大学卒業後、機屋さんに新卒でUターン就職したという珍しい形です。浜松出身の彼女は、デザイナーを目指して東京造形大学のテキスタイルデザイン専攻に進学しましたが、実習で布づくりの奥深さに引かれ、職人になりたいと思ったそうです。浜松市や株式会社糸編が開催している「遠州産地の学校」に参加し、職人のものづくりに対する姿勢やこだわり、気さくな人柄にも引かれ、西区の髙田織布工場に新卒で入社したんですよ。


長岐さん(髙田織布工場)
他業種から家業に跡継ぎとして戻った太田さん(カネタ織物株式会社

SOU:遠州産地が継続していくためには何が必要だと思いますか?
 
ひよこのかい:やっぱり「人」でしょうね。遠州織物を牽引してきたレジェンドの皆さんの知識と技術は、ものすごく奥が深いんですよ。地元の財産だと思います。私たちの知らないこともまだまだたくさんあるので、次世代にどう継承していくかが最大の課題だと思います。今ちょうど65〜70歳の経営者や職人さんたちが多くて、ほとんどの方が5年後には引退されると思うので、それまでが勝負になると思います。昔なら、同業で他の会社の社員に技術を教えるなんてあり得なかったと思いますが、今は、皆さんが喜んで私たちに何でも話してくださるので、どんどん吸収していきたいですね。また、せっかくこうして若手が集まったので、異業種のコラボ、あるいは県外の産地とコラボして、何か新しいビジネスが生まれたら面白いですね。さらに、健康にこだわる人が野菜や果物を買うときに生産地を気にするのと同じように、織物も産地や作り手の顔が見えると、購入しやすくなるのかもしれません。
今後、ファッション業界にもITやAIがいま以上に導入され、企画、生産、流通の仕組みが大きく変わってくるのかもしれませんが、連綿と受け継がれてきた遠州織物は、旧型のシャトル織機を扱える職人の感覚と熟練の手仕事を必要とするので、必ずや生き残ると思います。

生地についての情報交換


産地の貴重な技術を学ぶ勉強会
 

着るほどに風合いが増し、手放せなくなる遠州の生地

SOU:遠州産地の中で好きな生地は? 遠州産地の好きなところは?
 
ひよこのかい:使いこむほどに風合いが増してくる綿が好きですね。でも、好きな生地って数年単位で変わっていくような気もします。ほかにも、手に触れた瞬間、「あ、これすごくいいな」と思える生地が好きです。それをデザイナーさんも気に入ってくれて、さらに消費者の皆さんが着てくれて「いいなぁ」と感じてくれるのが理想です。他県の産地に行くと、代表的な生地があるのが普通ですが、遠州は会社ごとに全然違う生地を作っているので、競合しないんですね。それぞれの会社の個性が出せるところが面白いと思います。
遠州産地は、世界中でここでしかできない技術があるから継続しているんだと思います。より早く、より合理的に、スピードと効率が優先される現代社会で、遠州産地においては大量生産型で、量を追った会社から倒産していきました。古い機械を使いこなして愚直なまでに「手仕事」にこだわる会社だけが残っています。どの会社でもできる生地を大量に作ると、結局は価格競争に巻き込まれてしまうんですね。
先日、イタリアの展示会に遠州織物を持っていったら、イタリア人から「モダンな生地ですね」って言われました。ヨーロッパ人にとって日本の生地は憧れなんです。Enshuは、もしかしたら日本より海外の方が知名度が高いかもしれません。

さまざまな人の手を経て完成する遠州の生地
 

「遠州織物=多様化」がキーワード
地元の皆さんに誇りをもって着てほしい

 
SOU:これから遠州産地がどうなっていくといいと思いますか?
 
ひよこのかい:「遠州織物」と活字にすると、どうしても伝統工芸っぽいというか、古く感じてしまうけれど、決して昔のものではなく、今や世界で使われている、もっと身近で素晴らしい生地なんですよと広くアピールしたいですね。
遠州産地というと、織布事業者(機屋)が注目されがちですが、糊付・整経・経通(へとお)しといった生地を織るために欠かせない準備工程、生地の色や風合いを左右する染色や整理加工といった工程など、生地が完成するまでには多くの工程と、それぞれに携わる会社があるんです。どの工程の職人さんも、高い技術とプライドを持って「手仕事」をされているので、産地全体にスポットが当たるといいなと思います。
今は、働き方もライフスタイルもかなり多様化してきているので、今まで織物に関心のなかった若い人もこれからどんどん産地に興味を持って、「私も働きたい!」と思ってくれたらうれしいですね。そこまで思わなくても、地元の人たちが遠州織物を誇りに思って愛用してほしいです。東京や大阪で「この洋服の生地、私の地元で作っているんだよ」と、ぜひ自慢してください。
でも、楽器やバイクに比べて、織物が地元の人にあまり知られていないのは、遠州織物で作った洋服を地元遠州で買えないことが大きな原因ではないかと思います。「遠州織物ってそんなに良いんだ。で、どこで買えるの?」という状態です。いつでも、どこでも気軽に購入できる、そんなプラットフォームを作ることも必要だと思います。
かといって、遠州織物の売り上げを伸ばすことだけが「ひよこのかい」の目標ではありません。同じ遠州で職種の違う若手が集まり、遠州産地を盛り上げていくことができればと思って楽しく活動しています。これからも皆さんとの距離感を大切に、遠州織物や遠州産地について多くの人に知ってもらえるように活動していきます。

ひよこのかいオリジナル製品「enpu」

遠州産地の多様な生地をハンカチサイズに

今後も盛り上げる活動を行っていきます。遠州産地とのコラボや遠州産地で働きたい!なんて方はお気軽にご連絡ください!