COLUMN特集

2021.03.23楽器産業 鍵盤ハーモニカって知ってますか?


写真:ピアニカ ヤマハ(株)提供


写真:メロディオン (株)鈴木楽器製作所提供

 

■ 鍵盤ハーモニカのふるさと・浜松

小学生の頃に音楽の授業で使った楽器で、ホース(パイプ)に息を吹き込み、そのホースがつながっている鍵盤を押さえると音が出る楽器。60歳代以下の方ならご存知でしょう。「ピアニカ」とか「メロディオン」と覚えている方も多いでしょうが、実はどちらの名前も製品名で正確には「鍵盤ハーモニカ」と言われているものです。

日本の学校で使われている鍵盤ハーモニカの多くは「ピアニカ」か「メロディオン」のどちらかなのです。ですので、この楽器を「ピアニカ」とか「メロディオン」と答える人が多いのもうなづけます。そしてこの二つの製品は、ここ浜松に本社を置く楽器メーカーで製造されています。「ピアニカ」はヤマハ株式会社(以下、ヤマハ)、「メロディオン」は株式会社鈴木楽器製作所(以下、鈴木楽器)。浜松は鍵盤ハーモニカの聖地なのです。

 

■ 浜松発の楽器「鍵盤ハーモニカ」

1950年代当初、オルガンやハーモニカなどが音楽教育では使われていました。しかし、オルガンは高価で生徒の数だけ用意することが困難でした。ハーモニカは比較的安価でしたが、口元を見せることができなくて、音階や演奏法を教えることが難しいなどの課題を抱えていました。学校の音楽教育現場に近いオルガンやハーモニカを製造していた浜松の楽器メーカーが、それらの課題を解決しようとして生まれたのが鍵盤ハーモニカです。手元が見え、コンパクト、電気も必要としない、持ち運びが容易なこの楽器は現場の先生たちに受け入れられ、1960年後半には小学校の指導要領に教具(教育楽器)として取り上げられました。そのことにより鍵盤ハーモニカは、日本中の学校、子どもたちの手元に届くようになっていったのです。開発から約60年、ヤマハ、鈴木楽器両社は学校教育に寄り添い、その製品の改良を重ねた結果、音楽の授業で子どもたちは、両社どちらかの鍵盤ハーモニカを使用するようになりました。

実はこの国内産の鍵盤ハーモニカは浜松のどの会社が1番先に開発したのかははっきりしていません。1961年には鈴木楽器製作所が先に販売を始めますが、追随するようにヤマハ、東海楽器製造株式会社(ヤマハへも提供、現在では製造はしていません)もそれぞれ販売を始めています。ほとんど同時に発売されたのも当時の浜松は楽器産業の黎明期で個々の技術者が同じ課題に向けて日々向き合っていたからでしょう。同時に交流もあったかと考えられます。お互いに切磋琢磨できる環境。そんな浜松の楽器産業の土壌が産み出した産物ではないでしょうか。



鈴木楽器製作所サイトより「鍵盤ハーモニカの始まり」

 

■ 鍵盤?ハーモニカ?

 鍵盤ハーモニカは、その開発の経緯があって、その名のごとく、ハーモニカのように息を吹き込みながら、ピアノのように鍵盤を押して音を出す楽器です。ですので、吹奏楽器と鍵盤楽器の特徴を併せ持ったハイブリッドな存在です。
 
“構造を見るとわかるのですが、鍵盤の下にはリードがたくさん付いたリードプレートがあり、吹き口から入った空気は、本体の左から右まで続く空気室に入ります。鍵盤を押すとバネが伸ばされてバルブが開き、空気室にたまっていた空気が押された鍵盤の風路へ流れ出ます。その際、リードを振るわせて音が鳴る仕組みになっています。ハーモニカと同じような構造なのです。
ただ、ハーモニカと違い鍵盤ハーモニカの場合は吹きこむだけで、吸うことはありません。空気の流れは一方通行なので、リードは同じ向きに並び、ハーモニカのように、交互にはなっていません。“
(参考:ヤマハ株式会社ウェブサイト)



写真:ヤマハ(株)提供


■ 小学生から大人たちへ

鍵盤を押さえて音を出すために、音階を安定して出すことができ、メロディも和音も比較的短い練習時間で楽しめる楽器です。また、吹奏楽器でもあるので、息のコントロールによって音色や音量を変えることができ表情豊かな演奏も可能です。その表現の奥行きの深さから最近では有名ミュージシャンにも取り入れられるようになりました。それに対応するかのように、音域を広げたモデルやピックアップマイクを内蔵した「エレアコ鍵盤ハーモニカ」を登場させ、ますます活躍の場を広げています。

また、小学生の頃に触れ身近な楽器として大人でも楽しむ人が増えてきて、楽器自体の質感を大切にした木製のモデルやバイオマス由来のプラスチックを用いたモデルなども登場しています。それに伴って、鍵盤ハーモニカを扱う音楽教室も増えてきています。

鍵盤ハーモニカは、子どもから大人まで誰でも楽しめる楽器に成長してきました。



写真:ヤマハ株式会社提供


写真:(株)鈴木楽器製作所提供


写真:ヤマハ株式会社提供


写真:(株)鈴木楽器製作所提供


■ 世界の音楽教育のために

ヤマハ株式会社では、楽器に触れたことない子どもたちに楽器演奏の機会を提供しようと2015年より、新興国を中心とした地域で「スクールプロジェクト」を展開しています。各国教育省を通じて楽器や音楽教材の提供、教育者の養成を提案する事業で、2021年1月までに6カ国4,094校、約71.2万名の子ども達に器楽教育の経験を提供しています。楽器を使った教育を通じて音楽の楽しさを感じてもらうことは、子どもたちの成長を支援することはもちろん、その国の音楽教育や音楽文化の発展にも寄与することにも繋がっています。

その中でも鍵盤ハーモニカは、その教育指導的価値(教えやすい)や電気を必要としないなどの点からも好評を博しています。特にインドネシア、ベトナムでは鍵盤ハーモニカを使った音楽教育が展開されています。



写真:ヤマハ株式会社提供


写真:ヤマハ株式会社提供
 

■ 音楽と健康

最近の健康ブームの中で、鍵盤楽器でありながら吹奏楽器である鍵盤ハーモニカはその呼吸を使って音楽表現をすることから、演奏することが一つの健康法として注目され始めています。もともと音楽が持つ楽しさが心の健康に役立ち、さらに演奏における呼吸法が心と身体のバランスをとる脳内ホルモン「セロトニン」の活性化を促すとされ、「健康」というキーワードに鍵盤ハーモニカを展開する動きも見られます。中でも、鈴木楽器製作所では積極的に「ケンハモ音楽呼吸法」として普及活動を行っています。

独自の講座にてケンハモ 講師の中から「ブレストレーナー」を養成し、同社が運営する鍵盤ハーモニカの教室では、そのカリキュラムの中で生徒さんにも健康メリットも伝えています。現在、ケンハモ講師1,000名中、200名程度がブレストレーナーの有資格者で、日本全国で100以上の教室が開かれています。



写真:(株)鈴木楽器製作所提供
 

■ 教育楽器から文化楽器へ

日本人のほとんどに馴染みのある「鍵盤ハーモニカ」。浜松で産声をあげてから約60年。学校での音楽教育を支えてきました。そして、いまではその教育的価値も含め世界へも広がっています。子ども用の楽器のイメージが強かった楽器ですが、それぞれの製造会社の努力により大人も楽しめる楽器に変化してきました。さらに健康をキーワードにした新たな角度からの注目。

鍵盤ハーモニカの魅力はまだまだあるような気がしてきました。子どもから大人まで、そして世界どこでも楽しめる楽器がここ浜松で作られています。