COLUMN特集

2024.01.10バイク産業 バイカーの祭典「バイクの集いin浜北」とは?


皆さんは、秋にプレ葉ウォーク
浜北(所在地:浜北区貴布祢)で開催される「バイクの集いin浜北」というイベントをご存知でしょうか?

 

バイクの集いin浜北は、個人所有するバイクが各地から集結し、訪れた方にその魅力を知ってもらおうと、バイクの集いin浜北実行委員会が主催する、オートバイ製造のメッカである浜松で2010年から開催されているイベントです

 

100台以上のバイクが集まり展示されるほか、特設コースバイクのエンジン音を楽しむ「サウンド走行」のパフォーマンスも見ものです今年は、2023年11月5日(日)「バイクの集いin浜北2023」が開催されました。

 

この記事では、イベントの楽しみ方の一例とイベントを通じて再発見したバイクの魅力をレポートしていきます。


 

憧れの現行モデルからヴィンテージバイクまで!
「バイクの集い
in浜北」でバイクの魅力を再発見

本イベントで展示されるバイクの種類は毎年異なるそうですが、メーカーに関係なく選りすぐりの愛車が展示されるとのこと。浜松にゆかりのあるメーカーはもちろん、今では廃業してしまったメーカーのバイクや、現在では入手が困難なヴィンテージバイクも見られるそうです。

 

さっそくバイクの展示コーナーを見にいきましょう!



まず、紹介いただいたのはヤマハの「YA-1(ワイエー・ワン)」。オートバイ事業部が分社化され現在のヤマハ発動機株式会社になる前、さらにはヤマハが日本楽器製造株式会社であったころの1955年に発売された、ヤマハ製バイクの第1号だそうです。

 

「黒一色で重厚なデザインが常識だった当時、栗茶色のスリムな車体から、“赤トンボ”の愛称で呼ばれた」とヤマハ発動機株式会社のホームページに記載があります。

 

展示の「YA-1」は、1956年製。発売の翌年に購入したものだそうで、オーナーは次のように当時の想いを教えてくれました。



「16歳で自動二輪の免許を取り、毎日オートバイに乗っていました。YA-1が発売されて、欲しくてたまらなくなってね。当時の販売価格は13万8千円だったと思いますが、大卒の初任給が1~2万円の時代でした。

 

当時、従事していた営業の仕事がたまたま軌道に乗ったことで、資金ができて買うことができたんですね。憧れのオートバイ。大切に修理しながら乗ってきたので、今でも走れますよ」

 

ヤマハコミュニケーションプラザ「YA-1」の展示があるようですが、民間で大切に保有され、今でも走ることができる物を見られるとは驚きですね。

 

て、スズキの車両を紹介いただきました。



こちらは、1997年製の「GSX1100S KATANA」です。「KATANA(カタナ)」の商標から分かるとおり、日本刀をモチーフにした美しい車体が印象的です。

 

オーナーは、にも複数台のバイクを所有しているといいます。そんな、今回「GSX1100S KATANA」を展示した理由は何だったのでしょうか?

 

「1980年代、スズキのバイクは性能はいいけれど、どこか『野暮ったい』『地味』というイメージを持たれていました。そこで、ドイツ人デザイナーを起用し、まったく新しいデザインのバイクを生み出した。それが、初代の『KATANA』だったのです。

 

ですが、当時の日本には最大排気量を750ccまでとする自主規制があり、『KATANA』は逆輸入車しか販売されていませんでした。あまりの人気に1982年、750ccの『KATANA』が国内で販売されましたが、当時の日本の法律では、オリジナルのデザインは実現できず、特にハンドルはまるで別物だったため、ハンドル付け替えるライダーが続出しましたこれは違法改造であり検挙者が多数出てしまい、『刀狩り』と呼ばれる騒動になったのですよ。

 

そして、1990年に排気量の自主規制が解除され1994年に発売されたのが、こちらの『GSX1100S KATANA』という機種だったのです。今の若い方たちはバイクの世界に『刀狩り』があったことを知らないかもしれませんね。当時そんな社会現象が発生するほど全国を熱狂させるようなムーブメントがあったこと、またスズキのチャレンジを感じてほしくて、今日は展示させてもらいました」


(キャプション)スズキからは、社内チーム「TITAN(タイタン)」に所属し、8耐にも出場する武田数馬選手が応援に駆けつけていました。

次に、ホンダの「ゴールドウイング」を紹介いただきました



「ゴールドウイング」は、写真左のオートバイです。2004年式のUSパッケージをベースに、別注したサイドカー(オランダのメーカー)を取り付け、側車付二輪車に改造しています。

 

サイドカーに乗車する人が車酔いしないよう、安定的にカーブを切れるのだとか。そのために部品を特注するなどして、2~3年かけて改良を重ねたそうです。


(キャプション)自身で付け替えたサスペンション

ここまで手間ひまをかけているのは、なぜでしょう? オーナーさんが素敵な思い出を語ってくれました。

 

妻と全国を巡りたいと思いましてね。快適に乗っていられるように、タイヤも履き替えて車体が水平を保てるように改良したんです。それから、冬は寒いので、屋根やエアコンを自作ました。竜飛岬やら名所のステッカーがあるでしょう。2人でいろんなところに行き、多くのい出をつくることができました



妻を亡くしてから10年になります。今は、少しでも地元に恩返しができればと、子ども向けの交通安全イベントでボランティアをしています。イベントで子どもたちにこの『ゴールドウイング』乗って楽しんでもらえると嬉しいですね」

 

 

皆さんの愛車には、それぞれ、オーナーのかけがえないい出詰まっていました。

 

そんな貴重なバイクですが、昔の車種ほど今は入手困難な部品もたくさんあるとのこと。ヴィンテージバイクのオーナーは一体、どのように修理や改良を行っているのでしょうか? 聞いてみました。

 

すると、「自分で作っていますよ」と衝撃の答えが返ってきました。

 

なければ作るというのが何とも楽しいことなんですよ。東海地区には自動車関連の工場も多く、マシニングセンタ(大型の工作機械)も普及しています。『こういう部品が欲しい』と相談すれば、たいていのものはれます」と、あるオーナーが教えてくれました。



えば、こちらは1952年製の「カブスター」。畑の中に埋もれていたのを堀りおこし、朽ちていたタイヤや部品を取り替えて復活させたそうです。

 

メーカー名の欄に「日研工業」と書いてありました。オートバイメーカーが技術力を競いあったの1社であり、その後オートバイの製造をやめて別事業に転換したようですホンダ製のエンジン「カブF型」を、車体に組み込み自社製のオートバイに仕上げているのが分かります

 

今や世界に名だたるグローバル企業も、多くが個人事業から始まった会社です。昭和30年前後には、35ものオートバイメーカーが浜松の地に興り、互いに切磋琢磨していました。当時のものづくりを支えたのは、やらまいか精神そのものです。

 

時を経て今、当時を知るバイクオーナーの皆さんが、浜松に根付くものづくりの心を受け継いで思い出のバイクでやらまいか精神を発揮しています。


(キャプション)トレードカラーの赤が印象的な「カブF型」。当時はまだ、自転車の後輪に取り付けて走行を補助するものだったのだとか。

バイクには乗るだけでなく、保管や復元する喜びもあるのですね。バイク大切に乗り継いでいく。そのように愛車を託せる友人がいることも、皆さんがバイクに夢中になる理由のようです。

 

「友人のガレージに部品や図面を持ち込んで、ああでもない、こうでもないと語りあっています。『もう歳だから』と愛車を手放そうとする人もいる。

 

今はネットオークションもあるけれど、信頼できる仲間へ譲りわたす。そして、大切にメンテナンスしていく。それが、僕たちの楽しみ方であり、誇りでもあるんです


(キャプション)生粋のバイク好きだったというお父様の写真。い出とともにバイクが受け継がれていきます。

バイクの集いin浜北ではバイク展示のほかにも、親子で楽しめるような企画も行われていました。

 

ラジコンで走るミニバイクの操作を体験でき「ラジコンミニバイク走行」のほか、「親子オートバイ教室」オートバイの知識と安全な乗り方について学べる企画となっています。



「サウンド走行」では、約20台のバイクが敷地内の特設コースを走り、自慢のエンジン音を響かせました。「この音が聞きたかった!」「いい音だ!」といった歓声があがります


 

午後からは、アクロバティックな技を決める「自転車トライアル演技」も披露され、一日中楽しむことができました。


 

メーカー・自治体・バイカーが交わるイベントで、
産業の発展に寄与したい


イベントをたっぷりと堪能した後、改めて「バイクの集いin浜北」について、実行委員会の事務局長であり、元浜北青年会議所理事長の大原隆弘さん(以下、大原さん)に話を聞きました。
 

SOU:「バイクの集いin浜北」の開催経緯を教えてください。

 

大原さん:バイクの集いin浜北は、今から13年前の2010年、当時の浜北区長の呼びかけで始まったものです。

浜松はオートバイ製造のメッカとして知られており、その中でも浜北区はヤマハ発動機の発祥の地でもあります。この催しにより、浜松が「バイクのふるさと」であることを発信し、全国のバイク愛好家に浜北区を知ってもらえたらとの思いで企画されました。

ヤマハ発動機さんから後援をいただき、地元の活性化を願うプレ葉ウォーク浜北さんにも場所をお借りできることに。続けて、警察へバイク走行の許可をいただきに行ったときも、交通安全の啓発になればと開催を応援いただきました。

2011年の第2回の開催は、浜松市制100周年記念事業、100夢プロジェクトにも選ばれ、「バイクの集いin浜北は、地元浜北区民だけでなく、浜松市民みんなの想いが込められたイベントだと感じています。


(キャプション)交通安全ののぼり旗30本が場内に設置され、交通安全を啓するイベントにもなっています。

SOU:イベントの内容として意識することや、これまでの成果はいかがですか?

 

大原さん:玄人向けでマニアックなイベントではなく、ジャンルを問わずさまざまな年代・メーカーのバイクに触れられるイベントを意識しています。「メーカーに縛られず、バイクの愛好家がざっくばらんに集まったら楽しいのではないか?」と委員会で話しあいました。



コロナ禍の3年の休止後、記念すべき第10回の開催となった昨年度は、天候にも恵まれ、今までで最高の1万人近い観覧者に来ていただきました。

 

SOU:して、今や13年目となり、歴史が感じられるイベントに。最後に、今後はどのようになっていきたいですか?

 

大原さん:「バイクの聖地」を次世代に継承していきたいですね。「バイクは危険な乗り物」というイメージから、今の若い人たちはバイクに乗る機会が減ってきています。本イベントを通じてお子さんたちがバイクに触れる機会を提供し、「バイクは楽しい乗り物」にイメージを変えていけたらと思います。そして、バイク産業の発展のため、本イベントをメーカー、自治体、バイカーの交わる起点にしていけたらと思います。

 

 

乗ることにとどまらないバイクの魅力に触れ、幅広い年齢の方が楽しむことのできるイベントでした。来年の「バイクの集いin浜北」注目してみてはいかがでしょうか?

 

■バイクの集いin浜北 概要



主催:バイクの集いin浜北実行委員会

後援・協力:浜松市、浜北商工会、浜北機械金属工業協同組合、浜北青年会議所、プレ葉ウォーク浜北、浜北観光協会、ヤマハ発動機㈱、スズキ(株)、(株)クシタニ、SBS静岡放送、静岡新聞社、中日新聞東海本社、エンケイ、デイトナ

開催場所:静岡県浜松市浜北区貴布祢1200「プレ葉ウォーク浜北」ギターゲート付近